【漫画の処方箋】橋本以蔵原作たなか亜希夫著「軍鶏」

様々なジャンルの漫画において,

結構な頻度で格闘,バトルシーンが登場する。

 

恋愛とか,人間関係トラブルと異なり,格闘,バトルシーンというのは,

当然,当職含め,パンピ連中からすれば非日常であり,

めったなことではお目にかかることはない。

 

また,漫画において,格闘,バトルシーンは,

相手との雌雄を決したり,火花を散らす場面であるから,

そこに盛り上がりが期待されるというのが原則であろう。

 

漫画の著者においても,自分が体験したことがある事象ならば,

そこそこ書き易かろうが,

日常的に斬った張ったの喧嘩をしている著者も少ないであろう。いたら狂人である。

そのため,自己があまり体験したことのない事象をいかにリアルに描くのかが腕の見せ所なのである。

したがって,格闘,バトルシーンへの導入,最中の描写は,

その漫画の上手下手を左右することになる。

 

今回ご紹介する漫画「軍鶏」は,

バトルシーンの導入,最中ともに極めて高精度を誇る漫画である。

 

<成分>

ストーリー ★★★☆☆

何が目的なのかは一見してわかり辛く,

また,短期目標ははっきりしているものの,長期目標不明のストーリーである。

決してストーリーがわからなくて漫画が読みづらいことはないが,

一本筋が通っているかというと疑問。

また,当職は好きだが,暗く,アングラな雰囲気漂うストーリー構成は,

万人受けするかどうか疑問の余地がある。

 

絵柄 ★★★★☆

劇画とまではいかないが,リアル路線の絵柄。

萌の類は一切ない。

著者の絵は,からみあう格闘シーンにおいても,どのような動きをしているのか読み手に一目ではっきりわかるものであり,身体の動きに関しての腕は一流。

顔の描き方に少し特徴があるので,

ごくわずかながらアレルギー反応を催す人もいるかもしれないが,

総じて素晴らしいと言える絵柄。

 

格闘考証 ★★★★★

古今東西のあらゆる格闘技について丁寧な考証がなされている。

格闘技には力学的理論があり,

それに基づかない格闘描写は荒唐無稽なものになるわけであるが,

そのあたりをきっちり抑えているのは非常にリアル。

当職もかつて格闘技経験があるが,

ううむと唸らせるリアリティがある。

 

エロ ★★★☆☆

アングラ系のエロ描写あり。

過剰な演出はなく,いいスパイスになっている。

 

※備考※

どうも原作者と著者になにかあったのか,いいところで一旦続巻が停止して,

そのあと取ってつけたように再開したがよくわからない終わり方をした。

いい漫画だったので,続巻後はなんとも味気なく残念であった。

ただ,9割方いい漫画なので,十分読んで価値があると思われる。

 

<ここが凄い>

この漫画の凄さを一言であらわすと,「ヤマの作り方が絶妙」という点である。

格闘漫画が陥りやすい問題として,主人公がどんどん強くなってしまうものだから,

どうしても強さのインフレ化が起こり易いこと,無闇に導入を長くして期待させた割に,肝心の格闘部分が拍子抜けしてしまう事象が起こり易いことが挙げられる。

この点,この漫画は,備考記載の最後の部分を除き,導入に素晴らしい盛り上がりがある上,「ヤマ」である格闘部分もしっかり絶妙な描写がなされている。

また,変な必殺技などもないからインフレ化も抑えることに成功している。

そのため,何度も漫画の「ヤマ」がきつつ,インフレ化も抑え,

長きにわたって飽きのこない「ヤマ」と「タニ」ができているのである。

格闘漫画としては,非常に上手い描き方であり,名作といってよいと思われる。

 

リアル系格闘漫画を読みたいと思っておられる諸賢であれば,一度手に取っていただきたい漫画といえる。