【漫画の処方箋】羽海野チカ「三月のライオン」石塚真一著「BLUE GIANT」
いったい,何を漫画にすれば面白いのか。売れるのか。
おそらく永遠のテーマであろう。
かつて,バスケットボールを漫画にしても売れないと言われていた。
しかし,このジンクス?を打ち破り,井上雄彦先生のスラムダンクは大ヒットした。
つまり,面白いのである。
以前,殺し屋1をご紹介した際に,
「表現の威力」について言及させてもらった。
漫画というのは,絵,文章,コマ割りなどから読者に物語を投影する総合芸術と言えるものである。
したがって,作品の「テーマ」に拘らず,
上手い著者にかかれば面白い作品にすることができるのである。
漫画のテーマについて「難しい」というのはどういうものであろうか。
1つ考えられるとすれば,
漫画は,基本的に視覚に頼るものであるから,
「視覚で表現しにくいこと」
だと思われる。
その他で難しいと思われるのは,
[読者がとっつきにくいテーマ]
である。
例えば,珍しいテーマの漫画としては,
この高名な漫画は,ご存じのとおり百人一首かるたをテーマとしているもので,
他に類を見ない珍しい世界を題材にしている。
野球やサッカーなどのメジャースポーツ,
歴史,恋愛,魔法等・・・わかり易いテーマに比べて,
読者層のとっつきにくさは想像に余りある。
ところが,この「ちはやふる」,見事にテーマを昇華させ,
面白い漫画に仕上げた。だいたい1巻に1度は涙腺を緩めるポイントがある凄まじい上手さである。
以前にも少しご紹介したが,とんでもないパワーゲーム臭のする作品構成であるが,
力押しで泣かせてしまうあたりは著者の腕前を示すものであろう。
本記事においても,あわせておススメしておくことにする。
さて,今回ご紹介のテーマは,
「漫画にしにくいテーマで面白い漫画」である。
そのテーマに沿って,2作品をご紹介することにする。
羽海野チカ著「三月のライオン」
★★★★★
若くしてプロ棋士になった少年と,その周囲の人間模様をテーマにした漫画。
絵柄はマイルドというより可愛い系の漫画。
その絵柄は,勝負事やシリアス展開でも不要な陰気さを出さない要因になっており,そのあたりが万人受けしそうなところ。
当職としては,松本次郎先生作品のように暗め漫画が大好物なのであるが,正直いって暗い漫画はニッチな層には受けるものの,万人受けはしないだろう。
現役プロ棋士の監修を受けていることから,将棋の盤面描写についてはかなり本気。
ただ,当然のことながら,将棋のことを分かって読んでいる人がどれだけいるのかという点,将棋がわからないと作品の熱量が伝わらないのではないかという点が問題になる。
これらの点について,本作は,盤面を見てわからない層であっても十分漫画を楽しめるように作っており,極めて高度な作者の構成力をうかがわせるものである。
また,随所に丁寧な仕事振りがうかがわれ,非常に好感のもてる漫画。
作者が作品にどれだけ愛情を注いでいるのかが感じ取れる。
将棋がわかればなお面白いが,わからなくても面白い。
ヒットするのもうなずける。
石塚真一著「BLUE GIANT」
★★★★★
ジャズをテーマにした漫画。
当たり前すぎて書くのもどうかと思うが,
漫画からは音が聞こえない。
すなわち,文字と絵で音を表現しようというのであるから,
これを芸術と言わずしてなんというべきか。
よくよく読めば,
「バッバー」と描いてあるだけである。
しかし,多くの人間が一度はサックスの音を聞いたことがあるはずであり,
読めばその時の記憶と照合しながら脳内音変換させてしまう構成力がそこにある。
もし,サックスの音を聞いたことがない読者なら,
きっとツタヤでジャズのCDをレンタルしてしまうことであろう。
なお,当職は,かつてトランペットをたしなんでいたことがあり,
どうしても脳内において「バッバー」がトランペット音で変換されてしまい,窮した挙句,サックスのCDを聞き直した。余談失礼。
<結語>
今回ご紹介した2作品は,あえて紹介するまでもなく,いずれも大ヒットしている作品であり,諸賢であれば,読んでいなくても聞いたことがある漫画だと思う。
何かテーマがとっつきにくくて食わず嫌いをしているのであれば,
是非機会を見て読んでいただきたく思う次第である。
きっと,後悔しないはずである。