【漫画の処方箋】小池一夫著小島剛夕画「首斬り朝」
古今東西,あらゆる文化国家の中で,
平時「人を殺す」ことはどの国でも極めて重大な犯罪とされている。
各国において文化,法律,風習等が千差万別であるのに対し,
この1点については,いかなる時代を通じても人倫に反するとされてきた。
他方で,合法的に人を「殺す」刑罰として,
「死刑」が存在する。
我が国日本でも,最も重い刑罰として今なお死刑が定められている。
当職は,死刑の存廃について特段意見を持っているわけではない。
そして,ここで死刑の存廃の議論を行おうとするつもりもない。
ただ,最も反倫理的とされる行為の一つ,殺人が,
「死刑」として「合法」となる由縁はなんなのだろうか。
当職が愚考するに,死刑の合法性の根源は,
「説得力」ではあるまいか。
この「説得力」のために,人は「手続き」という「死の儀式」を用意した。
「死の儀式」には,それに関わる多くの人が登場する。
まず,発端となる「事件」の当事者たる,被害者と加害者。
そして,「事件」に関与する人たち。
ひとたび「事件」が起こった後に,「儀式」を遂行する人たち。
最後に儀式を完結させる者たち。
「儀式」に関与する人々が,「説得」する相手は誰であろうか。
あるときは儀式を執行する自らであろうし,
あるときは世間という実態のないものであろう。
そして,あるときは,受刑者であろうか。
儀式が完結するとき,
「儀式」を執り行うもの,「儀式」を受ける者,
「儀式」を見守る世間,それらは納得して死を受け入れたであろうか。
納得して初めて,「殺人」が「死刑」になるならば,
「儀式」の成否如何によって,行為の合法性が保たれるのであろう。
多くの漫画,文学においても「死刑」にまつわるテーマは多い。
多いだけに,当職もいささか目が肥えてきた。
今回ご紹介する「首斬り朝」は,自称目の肥えた当職が,
「死刑」をテーマとする作品の中でも一押しの珠玉の名作である。
<成分>
ストーリー ★★★★★
短話完結であるが,長短に差がある。
恐ろしく短いものも,複数話にわたるものもあり,その緩急もまた面白い。
何より,一話一話の完成度がただ事ではない。
江戸時代の刑事訴訟法に触れるものもあれば,
人間の根幹にかかわるものもあり,
まずもって「面白い」と断言できる内容である。
ただ,どうしてもテーマが重いので,
気楽に漫画を楽しみたい方には不向きか。
じっくり1頁1頁かみしめて読んで頂きたい。
絵 ★★★★(★)
極めて高いデッサン力に裏打ちされた,
完全無欠の劇画である。
また,作品の雰囲気に激しくマッチした画風は,読むものを引き込むことであろう。
もっとも,現代風のライトなタッチに慣れた人からすれば,
どうしても劇画にアレルギーを感じるかもしれないので()を付けた。
雰囲気 ★★★★★
しっかりした時代考証が当時の雰囲気を強く醸し出す。
一人一人の登場人物がその時代に生きた人間であることを徹底的に描写して居るほか,
一コマがそれぞれ一枚絵になる感覚は芸術そのもの。
正に★5つ。
エロ ★★★★☆
エロいです。
人間の欲望がそのまま凝縮されたようなエロ描写は,
過剰な演出なくエロい。
生々しいですわ。
<ここが凄い>
何と言っても,この漫画の凄いところは「説得力」であろうか。
唯一無二の独創的な各話は,
時代が異なり,考え方が異なるにもかかわらず,
強い説得力がある。
だからこそ,死をテーマにした作品の中でも際立った光を出しているといえる。
時代が変わっても,考え方が変わっても,文化が変わっても,
人の根本は変わらないのではないかと思わせる,
読む者を納得させる稀有な作品として,是非とも読んで頂きたいシリーズである。
<余談>
主人公の山田朝右衛門は,実在の人物である。
この漫画のような感じかどうかは不明だが,実際に斬首を執行した山田家は実在した。
明治になって最後の斬首を行ったのも山田家の人物であり,写真が残されている。
小説では,綱淵謙錠著「斬」(直木賞受賞作品)がある。今回ご紹介した「首斬り朝」とはえらく趣きが違うのでその点は注意。
また,ヨーロッパの死刑執行人「ムッシュ・ド・パリ」をテーマにした,
坂本眞一著「イノサン」「イノサン ルージュ」も一読の価値あり。